彼女が訳すことを好きでない理由

前の記事でパワフルでスピーディな英文読解力を有しながら、翻訳業にはビミョーなナオちゃんの話を書いたのですが、彼女が訳すという作業を好きでない理由って何となくわかる気がします。

ほぼ同い年のアラフィフのウチらは70年代から80年代のロックや映画、あちらのテレビドラマなどのポップカルチャーで英語を学びました。特にロックの影響が大きかったと思います。
で、その頃の日本の洋楽界(って変な言い方ですけど)って、今考えるとかなり英語偏差値が低かったと思うんですよね。湯川れい子の日本人英語がまかり通ったのもこの時代だからこそと思う。今だったらどうなんだろ。

で、その頃の有名ロック評論家(渋谷陽一、大貫憲章etc.)などもやっぱり英語はほとんどできなかった。渋谷陽一のRocking on’はスティーブという日本語のできるアメリカ人青年(イギリス人だったかも)をアシスタントに採用して向こうのアーティストが来日した時は通訳やらせてたくらいだからすごい勿体ないと思う。このスティーブっていうのもまた日本語はできるんだけど、クリスチャンのことをキリシタンとか言っていてちょっとピンとがズレてた記憶がありますけど、当時ってそんなもんっていうか英語話せる日本人も多くないし、日本語話せる英語圏の人は超少ない感じの時代。

なので、当時のロックの日本語タイトルや歌詞の訳詩がかなりダサいというか明らかに誤訳なのもあったりして、結構残念なものが多かった。
曲名はなるべくオリジナルの曲名で覚えるようにしてました、ナオちゃんもまた同様だったようです。この点においても彼女と大いに意気投合したものでした。

例を挙げると、KISSのRock’n Roll All niteという超名曲があるのですがこの曲の一節で
「And you drive us wild, we’ll drive you crazy♪」と言う箇所が「俺たちはやんややんやの大騒ぎ」ってなっていて「やんや」って当時でもあまり言わないと思うけど。まぁ、今なら完全に死語だけど。これがすごくダサく感じられた。
じゃ、自分ならなんて訳すんだ?って言われると困るんだけど、うーーん、KISSに限らずロックの場合は性的な比喩が多いし。この曲はグルーピーとのワイルドパーティの話なのでもっと下品で良いんじゃないかと・・・

Rock’n Roll All niteが収録されているKISSの3枚目のアルバム「Dressed to Kill」日本タイトルは「地獄への接吻」正直、このタイトルもどうかとは思うけど、KISSと彼らのイメージである「地獄」をかけたのであれば正解?

彼らの歌詞はボブ・ディランのように詩的でもなければ文学的でもない上にそんな深い意味もない他愛の無い歌詞ですが、シンプルでストレートでカッコいい曲が歌詞を見ると何かダサくて、ヤダこれ、と子供心に思いました。それが大人になってもずーーと今も引きずっています。ナオちゃんも同じ思いを抱いてたことを知りソウルメイトを見つけた思いでしたね。

話がそれちゃってますが、この体験が「訳す」とダサくしてしまうのではないか?という不安にどっかでつながってるんですよね、彼女も私も。まぁ、私はITのマニュアル翻訳専門なので性的な比喩表現はありませんが・・・